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契約交渉における信義則上の注意義務違反

『契約交渉と信義則による契約成立の期待権』

契約交渉から始まって、すぐに契約の締結に至る取引もあれば、合弁契約交渉のように最終契約までに相当の期間を要するものも有ります。そして、そのように長期間にわたる交渉をする契約であれば、予備的合意文書が取り交わされることも少なくありません。
予備的な合意はあくまでも予備的であって、確定的な合意としては拘束力を持たない、と規定されるのが通常です。しかし、その予備的合意書にいかに明示的に法的拘束力を排除するように規定したり、そのような文書が取り交わされる事すらなかったとしても、事実関係が契約締結の期待権を生じさせる段階にまで至ると、信義則により契約を成立させるように努める義務が生じる可能性のある事を示す裁判例がある、と言う事を知っておくといいでしょう。

このような裁判例の一つに、インドネシア林業共同開発のための合弁会社設立の交渉段階で、交渉が停滞し最終的に契約締結に至らなかったため契約交渉の一方の当事者が損害賠償を求めた訴訟事件があります。
この事件は、マレーシアの実業家・政治家Xと日本の商社Yとの間の訴訟事件です。Xが実質支配するインドネシアでの木材採取権を有する会社の株式の譲渡契約およびその採取権による木材林区の開発をするためXとYは合弁会社設立を計画しました。そのために両者の代表が何回か会合を開き、昭和49年2月の会議において、株式売買契約書および株主間契約書の最終的な案文が作成されました。
株式売買契約書(案)には、以下の項目が記載されていました。
① 目的物
② 譲渡金額
③ 履行期日
④ 履行場所 等
一方、株式間契約では、
① 資本金
② 持株比率
③ 株主総会
④ 取締役会
⑤ 事前承諾事項
⑥ 合弁会社の経営
⑦ Yの技術援助
⑧ Yの先買権
⑨ 帳簿の閲覧
等が規定されていました。
同会議の終了時にその案文を法律的に検討するためにそれぞれが持ち帰るのですが、基本原則は変更しないものとする旨の合意をし、その旨の記載のある議事録に出席者全員が署名しました。このような予備的な合意がなされたものの、各契約は締結されないまま、契約代替案の検討や資金調達の方式などが検討されました。ところが、契約が締結されない中でXが逮捕・拘禁されると言う事態が発生し、交渉は停滞しました。事態の打開のために事業推進のためのFeasibility Studyを行う両者の合同委員会も計画されましたが、その委員会も開催されませんでした。最終的には、その間における木材事業の採算悪化などから当初計画した株式の譲渡契約も合弁契約も締結されませんでした。
Yは事業計画を断念して、相手方Xに和解金の支払いによって当初計画した二つの契約締結を取りやめようとしたが、相手方Xは契約締結を迫り、その収拾のために協議をしましたが合意に至らず、日本商社Yはこれまでの交渉経過から相手方に対しての法的な義務は負っていないとして、Xに対して契約締結を中止する旨を相手方に伝えました。
これを受けてXはYに対して東京地裁に提訴し、さらに両社が1審での判決を不服として控訴しました。Xは、主位的請求として債務不履行に基づく損害賠償請求をなし、予備的請求として不法行為責任による損害賠償請求をしました。東京高裁の判決では、主位的請求は退けられましたが、予備的請求については、本件の事実関係からしてXの主張する契約を締結する期待権があり、Yにはその期待に応えて契約を成立させる信義則上の義務があるとして、約5,589万円の損害賠償責任を認めました。

『契約の準備段階における信義則の適用』

前述の判決にあるように、信義則は契約の成立後のみならず、契約の準備段階においても適用される法律であり、契約締結に向けて交渉が進展して期待が高まると、当事者が一方的に契約交渉を取りやめてしまう事は、契約の準備段階における注意義務違反となって、他方の当事者は損害賠償責任を負担することになります。このような契約の準備段階での注意義務違反は、一般に「契約締結上の過失」理論に基づくものとされていますが、その法的性質については、債務不履行責任か不法行為責任か見解の分かれるところです。

企業取引において、何を持って「契約の準備段階における注意義務違反」となるかについて、一橋大学法科大学院長・松本恒男氏は判例時報1151号で「契約交渉の開始から契約締結・契約成立までの段階」を下記のように三段階に区分しています。さらに契約締結に至らなかった場合の損害賠償責任との関連で検討もされています。

〔第一段階〕当事者の接触はあるが、具体的な商談が開始されていない段階
ここでは一般不法行為上の注意義務を除き、特段の義務を生じない。
〔第二段階〕契約締結準備段階で契約の諸条件が検討され徐々に合意が形成されつつある段階
ここでは契約交渉当事者に開示義務を中心に信義則上の義務を負うことになる。
〔第三段階〕代金などを含む契約内容についてほぼ合意に達し、正式締結の日にちが設定される段階
ここでは契約成立に努めるべき義務を負う。

ここに示されているように、契約準備段階においても、一定範囲とは言え、信義則に基づく注意義務違反が問題にされる可能性があります。それゆえ、契約締結交渉においては、誠実に交渉を行い、不用意に交渉を長引かせて契約の準備段階における注意義務違反に陥られないように注意を払う必要があります。

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