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弁護士とグローバル

大手弁護士事務所が「渉外法律事務所」と呼ばれていたころは、渉外法律事務所に入所した弁護士は、3年~5年程度の経験を積んだ後、米国のロースクールへ留学してLLMを取得し、2年目には欧米のロー・ファームで研修をするというのが一般的でした。その手の法律事務所に所属する弁護士の大半が同様の経験を積んでいます。

LLM取得のための留学と海外の法律事務所での研修に具体的にどのような実益があるのか、という問題は存在しますが、そもそもこれが必要なキャリアであると認識されていたのでしょう。
40年前であれば、日本の法律事務所と海外のロー・ファームの違いを肌で感じるために、海外へ行くこと自体に意味があったかもしれませんが、この40年間の蓄積によって、日本にもロー・ファームとの呼び名にふさわしい実質を備える法律事務所が誕生しています。その意味でも、留学や海外研修の意味を考え直すターンポイントに到達したと言えるでしょう。

実際、若手のアソシエイト弁護士の留学・海外研修の事情には変化が見られています。昔のように誰でも海外留学に行くのではなく、限定された者だけが海外に行くようになりました。この変化には2つの要因が考えられます。
1つは、先ほど述べた実益に関して、「留学や海外研修に時間を費やすのは無駄」という批判的な意見でしょう。海外へ行くより、より効果的なことに時間をお金をかけるという戦略的な発想です。

もう1つは、端的に「先輩弁護士のように留学や海外研修をしたいが、行けない」というケースです。米国の有名ロースクールのLLMには、通常「日本人弁護士枠」のようなものが何となく存在します。米国の高等教育では「多様性」が重んじられているため、クラスにまんべんなくいろいろな人種・国籍の正とは議論に参加する事が求められています。
つまり、有名ロースクールに出願するということは「限られた日本人弁護士枠」を争奪するレースに参加する事を意味します。司法試験合格者の増加を受けて、渉外事件を取り扱う法律事務所に就職する新人弁護士が増えています。「日本人弁護士枠」をめぐるレースに参加する候補者が年々、増加し倍率も上がっています。また、司法研修所からの新卒採用では渉外系の法律事務所に就職できなかった弁護士でも再チャレンジのために米国の有名ロースクールへの留学を希望するかもしれません。そうなれば「多様性」の観点からは、日本人弁護士枠がそのタイプの弁護士のために割り振られる可能性もあります。日本人弁護士枠といっても、単一カテゴリーではなく、さらに細分化された枠の集合体です。日本人弁護士枠の中でも多様性が重んじられます。だからこそ、同じ法律事務所、あるいは同種の法律事務所からの留学生は、お互いに限られたポジションを奪い合う競合者として位置付けられます。

もちろん、米国にはたくさんのロースクールがあるのだから、新しいロースクールを開拓すればいいのでは」という意見もあります。たしかに、留学で英会話を上達させるのであれば日本人が少ない学校に留学した方が英語に触れる機会が増えるでしょう。しかし、問題は日本国内でブランド力のないロースクールでも、あえて費用と時間をかけて留学をする意味を見出せるのか、という点でしょう。先にも触れた通り、そもそも留学についての意味自体が疑問視される声もある中、それでも有名ロースクールを出た、という事実は法律事務所のウェブサイトに掲載された経歴の見栄えを飾る効用はあるでしょう。本人にとっても、将来、外資系法律事務所や外資系企業への転職を考える事もあるかもしれません。有名ロースクールへの留学経験を履歴書に書き加えることはマイナスにはなりません。
ただ、このような学歴を飾ることが留学にかかるコストを正当化するというのであれば、日本で有名でないロースクールへの留学に対してはコスト正当化が難しいでしょう。

法律事務所から留学する弁護士に対して、どれだけの経済的援助を続けられるのか、という問題もあります。かつては、大手の法律事務所でも年に1桁単位の弁護士しか留学していませんでした。それが10人、20人という単位の弁護士が同時に留学に出ることになるのであれば、その資金負担は大きくなります。もちろん、事務所全体の売り上げ規模も大きくなっているので、それを賄う力があるだろうという意見もあります。ただ「組合」という資本の薄い組織形態の下で、どこまで長期的な視野で人材育成にアウトオブポケットの費用素支出し続けられるのでしょうか。
さらに、現実に所属する法律事務所でプラクティスを続けていくうえでは、留学や海外事務所へ研修することの必要性が薄れている事は間違いありません。かつての渉外法律事務所は、外国企業を代理する仕事がメインでした。そのため、留学経験は日々の依頼者とのコミュニケーションにおいても一定の貢献を果たしていたでしょう。しかし、近年、そのような外国企業を代理する仕事は、外資系法律事務所の東京オフィスへと流れています。そのような消極的な理由だけではなく、かつての渉外法律事務所と呼ばれた事務所でも、事務所全体における留学経験を不要とするタイプの仕事の割合が急速に増している、ということもできるでしょう。
こういった環境変化を考慮に入れても、なお、「これまでは留学や海外研修にはこういう資金援助があったので、これからも続けてくれるだろう」という期待を抱き続けることができるのでしょうか。

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