日本人の弁護士が英会話の授業で「仕事は何か?」と聞かれ、「私は法律事務所に所属しています」と英語で伝えようと「I belong to~」と表現したところ、「work for~」と指摘を受けたというような話があります。
欧米との比較で言えば、日本人には「最初にご縁があった先と一生添い遂げたい」という気持ち強いようです。人間関係においても仕事においてもそう言えるでしょう。弁護士が「イソ弁」としてキャリアをスタートしていずれは独立する、という進路を思い描いていた時代は違ったかもしれませんが、今はよりサラリーマン的な意識が強まっています。だからこそ、最初に入った職場で評価され出世したい、という目的意識が強いようです。
同様に、新人弁護士からすれば「パートナーになりたい」と思うでしょう。
しかし、「パートナーになるにはどうすればいいのか」は今ひとつはっきりしません。パートナーからは「1人で依頼者に対して責任を持って対応できるかどうか」という説明を受けます。しかし新人弁護士には「では、どうしたらいいのか」という部分がしっくりきません。なぜなら、日々の仕事では最小を持って依頼者と交渉するような機会は与えられないのですから。
『パートナーの選考プロセス』
法律事務所において「パートナーにするかどうか」はもっとも重要な意思決定の一つです。パートナーの選考はパートナー会議での投票というプロセスを経て決定されます。議決権があるパートナーが数名であれば、全員一致で決めるかもしれませんが、数十人という大規模なものになると全員一致は難しく、3分の2や過半数という風に可決要件が決められます。
パートナー全員の一致が要件とされている法律事務所であれば、「パートナーに選ばれる」ためには「全パートナーに好かれること」が必要です。好かれるといっても、仲良くなるなどということではなく、弁護士としての信頼や仕事に対してのやる気を認められるということです。ただし、弁護士として信頼できるかどうか、という部分には少なからず主観的な判断が用いられることも確かです。
議決権を持つパートナーが20名以上いるような大きな法律軸所の場合を考えてみましょう。ここでは新人弁護士は「時間と労力の配分」を考えなくてはいけません。すべてのパートナーに対して等しく時間と労力を割くことは難しいでしょうから、2つの点に留意しましょう。
1つは「パートナー会議において発言権があるパートナーに高く評価され、強く推薦してもらえるようになること」です。
そしてもう1つは、「全てのパートナーから、特に嫌われるようなことをしないこと」です。議決権のあるパートナーの人数が増えれば、直接一緒に仕事をしたことがないパートナーの数も増えてくるでしょう。そんなパートナーはあなたのパートナー審査の際に「自分では判断が付かない」と考え、周りの意見を参考にするでしょう。いわゆる浮動票というものです。この浮動票をいかにして獲得するかがポイントです。
最善策としては「パートナー会議での発言力があるパートナーからの強い推薦を受けること」でしょう。信頼に足る人物が推薦する弁護士であれば、その弁護士の信頼もまた保証される、ということです。
さて、ここで問題なのが「発言力のあるパートナー」をどうやって見分けるべきかですが、弁護士事務所内で言えば、大きな売り上げを稼いでいる弁護士でしょう。この弁護士に信頼されて、なおかつその他の弁護士から「彼にはこんな問題がある」と反対意見が出ないようにしなくてはいけません。
このような苦労を味わいながらも、アソシエイトはパートナーを目指します。その先には何があるのでしょうか。目標・ゴールとされている「パートナー」という地位の中身について考えてみましょう。
日本でも、法律事務所の弁護士をパートナーとアソシエイトに二分するのが一般的になりましたが、これは名称のみであることも少なくありません。このパートナーという地位は法律事務所の構造によって中身が異なります。いわゆる「パートナー単層構造モデル」と「パートナー階層構造モデル」のちがいについて考えてみます。
複数名の弁護士が協同して経営にあたる法律事務所は、原始的には「経費」を共同していたにすぎません。事務所の家賃や事務員の給与を払ったり、消耗品の購入費や什器や車のリース代、このような経費を複数名の弁護士で負担し合います。それが経費のみの共同タイプです。ここでは各弁護士の抱えている依頼者や仕事は別々です。つまり「財布は別」なのです。
他の弁護士の協力が必要な場合には、その弁護士に協力した分の弁護士報酬を受けます。他の法律事務所の弁護士に外注するのと本質的には同じことでしょう。
このような法律事務所では、パートナー同士の関係は並列であり、優劣や上下関係はなく「単層構造」です。日本におけるほとんどの法律事務所がこの単層構造でしょう。そして、このような単層構造では、パートナーはそれぞれ自分の力で顧客を開拓し稼ぎを上げなくてはいけません。稼ぐ能力がなければ、いくらパートナーになっても年収も上がりません。
このような事務所でパートナーとなることのメリットは何でしょうか。それは自分の稼ぎに対して他のパートナーから「上前をはねられることがない」ということでしょう。さらに言えば、アソシエイトを使って仕事をすれば、アソシエイトの働いた報酬の上前をはねることができるという点です。
つまり、パートナーになってメリットを享受するためには、自分で売り上げを立てるだけのお客さんを獲得し、優秀なアソシエイトを使うことが重要なのです。この2つが可能となってはじめて「自分の仕事にレバレッジをかけた稼ぎ方」が出来ます。
このような単層構造モデルにおいて、1つ問題を上げるとすれば「自分で売り上げを作れる弁護士」をいかにして事務所に引き留められるかでしょう。1人で仕事を取って来られる弁護士であれば、どこでも仕事をすることができます。あえてこの法律事務所に残ってもらうために、インセンティブを与えることでいかに独立や転職を食い止めるかを考えなくてはいけません。
単層構造モデルの課題を克服するために考えられたのが「階層構造モデル」です。ここではパートナーという対外的な名称は同一でも、内部的にその中身がことなります。単純化して表現すれば「年功序列」制度で、昔からパートナーであれば、新しいパートナーよりもえらい、というような階層を織り込んだモデルになります。
階層化することによってパートナー同士の無用な競争を排除することができ、年次の高いパートナーが下の年次のパートナーに依頼者を引き継ぐことで営業の苦労を緩和できます。依頼者側からしても、1弁護士のみとの付き合いより法律事務所そのものとの付き合いという印象を受け安心感があるでしょう。永続的なリーガル・サービスを提供していく組織体を目指すモデルといえます。
では、この階層構造モデルの課題は何でしょうか。
簡単にいってしまえば「若くて優秀な弁護士を引き付けておくことができるかどうか」でしょう。これは非常に難しい問題でしょう。短期的に引き留める方法と長期的に引き留める方法に矛盾が生じてしまうのです。
若い弁護士が理不尽と感じないようにするにはシニア弁護士の取り分を削る必要があり、シニア弁護士の取り分を減らしてしまうだけでは、将来的なアップサイドが見込めない法律事務所だと思われかねません。若い弁護士に多くを与え、将来的なアップサイドが見込める、というスキームを考えなくてはいけません。
それには、「損得勘定」以外のところに価値を見出すしかありません。「この法律事務所のメンバーの1人として働きたい」という気持ちを持たせる、一種のブランド力を磨く必要があるでしょう。